私は以前

「感情に振り回されないようにしよう」

と思っていました

怒らないようにする
落ち込まないようにする
嫌なことがあっても引きずらないようにする

感情をコントロールできることが、心が安定している状態だと思っていたのかもしれません

でも、私にはうまくいきませんでした

感情を出さないようにしたところで、その感情自体がなくなるわけではなかったからです

表には出していなくても、内側では煮えたぎっている

そのまま発酵して、腐敗していくような感じ😂

そして結局、あるところでキレたり
長い間ずーっと落ち込んだりする

フタをしているだけでは、私の場合は余計にこじれました

それなら、そもそも揺れないことを目指さなくてもいいんじゃないか

今はそう思っています

まず「めっちゃ怒ってるな」と見る

今でも私は、もちろん感情に揺れます

嫌なものは嫌だし
悲しいものは悲しい
腹が立つこともあるし
悔しいこともあります

そんなとき、まずやるのは

「あー、めっちゃ怒ってるわ、私」

「うわ、ものすごく悲しいんだな」

と、自分に起きていることを見ることです

だからといって、すぐに冷静になるわけではありません

怒りながら見ていることもあるし
泣きながら見ていることもあります

感情はちゃんとそこにあります

それを「感じちゃダメ」と押し込めるのではなく

今、自分の中にこれだけ大きな感情が出ている

ということを、まず認識します

泣くときは泣くし、怒るときは怒る

そこからどうするかは、そのときによって違います

一人で思いっきり泣くこともあります

誰かに話すこともあります

「あったまくるーーー!」

と感情を出しているうちに、だんだん収まってくることもあります

毎回きれいに整理しているわけではありません

ただ感情を垂れ流して、時間が経つのを待つだけのときだってあります

でも私の場合は、無理にフタをするよりも、そのほうが戻りやすいのです

少し落ち着いたら「何が嫌だった?」と探してみる

感情の勢いが少し弱くなってきたら

「ところで私は、何にこんなに反応したんだろう?」

と考えることがあります

何が悲しかったのか

どの言葉に腹が立ったのか

何をされたことが嫌だったのか

表面的には小さな出来事でも、自分にとっては何か大切なものに触れていたりします

「ああ、私はこれが悲しかったんだ」

「この態度が嫌だったんだ」

と分かるだけで、腑に落ちることもあります

逆に、考えてもよく分からないこともあります

そんなときは

「まぁ、分からないなら、またいつか分かるでしょ」

と終わります

分からない理由を、何がなんでも今すぐ突き止める必要もないと思っています

自分を理解するために始めたことなのに、原因探しまで「ちゃんとやらなきゃ」になったら、それはそれでしんどいですからね

「戻ったふり」は、私にはうまくいかなかった

ここで私が大事だと思っているのが

「戻ること」と
「戻ったふりをすること」は違う

ということです

嫌なことがあったあとに

「もう終わったことだから」

「気にしない、気にしない」

「いつまでも怒ってても仕方ない」

と、自分を通常運転に戻すことはできます

私もやったことがあります

でも、本当はまだ怒っている
本当はまだ悲しい

そこを置き去りにしたまま無理やり戻ると、私の場合はあとから引きずります

何かの拍子にまた思い出したり
別の出来事で同じ感情が大きく出たりする

だから、早く戻ればいいとも思っていません

戻り方も大事なのだと思います

心の安定は「揺れないこと」ではない

感情に振り回されている最中は、しんどいです

できれば怒りたくないし
できれば悲しい思いもしたくない

それでも、生きていればいろいろなことが起こります

そして私は、何が起きてもまったく揺れない人にはなれそうにありません

だったら

揺れない自分を目指すより
揺れたときに戻ってこられる自分でいたい

今はそう思っています

まず、自分が揺れていることに気づく

必要なら泣く
怒る
誰かに話す

少し落ち着いたら、何が自分をそこまで揺らしたのかを見てみる

分からなければ、分からないまま置いておくこともある

そうしているうちに、いつの間にかまたいつもの自分に戻っている

私にとっての心の安定は

「何があっても揺れないこと」ではなく

「揺れても、自分に戻ってこられること」

なのだと思っています

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